フットボールの今 ~「疑惑のゴール」への哀愁とテクノロジーへの期待~


右サイドでボールを持ちあがったアラン・ボールが西ドイツのディフェンダーをひとりかわして、右サイドの敵陣深い位置までオーバーラップしていたジョージ・コーエンへボールをあずける。ワンタッチであげられたクロスボールはジェフ・ハーストの足元へ。ファーストタッチでディフェンダーを置き去りにしたストライカーは、体勢を崩しながらシュート、ボールはクロスバーに当たりほぼ真下に跳ね返った。スタジアムが騒然とする中、アシスタントレフェリーと協議したスイス人レフェリーのゴットフリート・ディーンストはセンタースポットを指さす。ゴール。

1966年イングランドワールドカップ決勝での有名な「疑惑のゴール」だ。このあと一点を追加したイングランドは悲願のワールドカップ制覇を成し遂げ、このゴールを含む3点をあげたジェフ・ハーストはワールドカップ決勝でハットトリックを達成した唯一の選手(いまだ破られていない)となった。いまでもこのゴールについての議論や研究は続いていて(特にイングランドとドイツにおいて)、最新のテクノロジーをもちいた検証まで行われている。

「ゴールラインテクノロジー(以下GLT)」が本格採用された際に様々な意見が飛び交う中、ジェフ・ハーストは「GLTの導入を支持する」と発言した。「これが当時導入されていればゴールを明確に示すことができた」と。


現在フットボール界で話題をさらっている「ビデオ判定(ビデオ・アシスタント・レフェリー。以下VAR)」についても、様々な議論が交わされている。

レフェリーのモニターをあらわすジェスチャーは印象的だし、ゴールがくつがえったり、見逃されたPKが与えられたりする場面を見るのは新鮮だ。現在行われているFIFAコンフェデレーションズカップでは、すでに5つジャッジがVARによってくつがえった。つまり、ミスジャッジを防ぐことができたわけだ。GLT同様VARも試合結果に直結するようなミスジャッジを減らすことを目的に導入されたものであるため、その役割は果たしていると言えよう。

これによりオフィシャルの安全が以前よりも確保されやすくなることも予想できる。ミスジャッジは時としてサポーターによる襲撃のきっかけとなり、レフェリーは常にその危険と隣り合わせで笛を吹かなければならない。VARが本格導入されれば、判定に対する文句のつけようがなくなり、より自信をもって笛を吹くことができるようになるだろう。


しかし、VARに対する否定的な意見は多い。その中のひとつにはゴール数が減る、という指摘がある。

元エバートンのレオン・オズマン氏は「BBC Radio 5 live's Monday Night Club」のなかで
「選手たちはなんでも、どんな理由でもゴールに対するレビューを要求するだろう。多くのゴールが取り消されるよ。なぜなら全てのゴールがレビューの対称になるだろうからね。」
「多分10~30%のゴールが些細な理由によって無効になるだろう。すでに不満だよ。まったく好きじゃない。」
「これはきっと初期段階の問題で、VARはフットボールの一部になっていくんだろうけど、私は見ていられないんだ。」
と語った。

国際フットボール評議会(以下IFAB)の規定では、VARは「ゴール」「PK」「レッドカード」「選手誤認」の『試合を変える』4ケースにおいて『明確な誤審』があった場合のみ介入できることとなっている。そしてその『明確な誤審』とは『中立のほぼ全員が誤審だと同意する状況』だという。

この定義ではあいまいだ。得点されたチームは何かにつけて抗議してくる。それに対しVARがあるにもかかわらずレビューを拒否するレフェリーは、そう多くないのではないだろうか。


もうひとつ、頻繁にプレーが止まり試合の流れが妨げられるのではないかとの懸念がある。これはVARを導入するにあたっての大きな障壁だったが、U-20W杯やコンフェデレーションズカップを見る限りは、このプロセスはスムーズに行われているように見える。

しかし、IFABの規定には「オン・フィールド・レビュー」も含まれている。これは主審が自ら映像をチェックするシステムで、確実によりおおくの時間を要するため「最小限の介入で最大限の効果を」というIFABのVAR哲学との矛盾を感じさせる。

ビデオ判定が導入されて久しいアメリカのスポーツ界では比較的スムーズにルールが浸透し、変革は好意的に受け入れられているように思える。そこにはスポーツの性質上の違いが大きく関係していて、野球やアメリカンフットボールは基本的にプレーのストップしている時間のほうが長いスポーツだ。

しかしフットボールはそうではない。特にフットボールの母国イングランドでは試合の「流れ」を大切にする意識が強く、このルール変更に最も難色を示している地域のひとつだと言えよう。


FAは2017-2018シーズンよりPKと退場のプレーについて、試合後に映像チェックを行いダイブが認められた場合は、その選手に2試合の出場停止処分を科すルールを新たに追加した。

これに対しバーンリーの監督ショーン・ダイク氏は
「このルールはダイブを6か月以内に根絶するだろう。もしそこに次の2試合に出場できないリスクがあるならば、選手たちはダイブをやめるはずだ。」
と述べ、元プレミアリーグのレフェリー、ハワード・ウェブ氏は
「ポジティブな変更だ。バランスが必要なんだ。ダイブにおけるリスクと利益の関係が今は正しい状態ではない。ショーン・ダイクが正しいことを祈ろう。なぜならダイブは繁殖させてはいけない“癌”だからさ。」
と語っている。

一方で元イングランド代表監督のビッグ・サムことサム・アラダイスはこのルールを
「全くもってクズ」だと言い捨てた。
「テクノロジーを採用して試合中に判断するべきだ。そしてファウルをした選手を10分間でも退場にして、真相が解明したらピッチに戻すなりすればいい。」
この意見に同調したのがスウォンジーの監督ポール・クレメント氏。
「これは答えじゃない。ビデオ判定を導入し、重要なジャッジに対してインスタントリプレイで確認する。このプロセスが必要だ。」
と語った。
「問題は、ダイブの可能性があるプレイは勝ち点に直結するということなんだ。後日選手を罰しても、それは対戦相手だったチームの助けにはならない。」
「(新ルールで)何ができるかといえば、その選手が出場停止となった試合の対戦相手を助けること。だからこの新ルールを答えだとは考えないんだ。」
「どんな罰則も試合中に下されるべきだよ。」
と続けた。

私は後者2人の意見に賛同したい。このルールが以前から適用されているスコットランドリーグでダイブが減ったとは言い難いのが現状だし、ダイブを見逃されることによって受ける被害の方がずっと大きい。むしろ多くのコンペティションに参加するクラブはターンオーバーを必要とするため、2試合の出場停止がそれほど痛手にならない可能性さえある。

ベストはこのルールとVARを併用することだろう。もし本当にダイブを根絶したいのであれば、試合の中で罰則を下し、試合後に罰金を課すべきだ。いずれにせよVARを導入するほうが効果的だ。


フットボールは感情のスポーツである、と言われている。『最小限の介入で最大限の効果を』というVARの哲学は「感情」や「流れ」を壊さないようにすることを大切にし、100%正確なジャッジを求めるものではない。しかしレフェリーは常に正しいジャッジを心掛けているはずだしそれが彼らの役割だ。

試合時間を短くする案や、フリーキックやコーナーキックをドリブルで始められるようにする案などがIFABで協議され、今フットボールのルールが大きく変わろうとしている。
複雑化高速化した現代フットボールにおいても、オフサイドルールにいち早く適応したマジック・マジャールのようなチームが、もしかしたら出てくるかもしれない。そのかわり、ジェフ・ハーストの「疑惑のゴール」のような場面が観られなくなることは、覚悟しなければいけないだろう。




参考・参照
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%AF%A9%E5%88%A4%E8%A3%9C%E5%8A%A9%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0
http://www.bbc.com/sport/football/39969813
http://www.bbc.com/sport/football/39962886
http://www.independent.ie/sport/soccer/premier-league/its-utter-rubbish-sam-allardyce-on-fas-decision-to-ban-players-who-dive-35730705.html
http://www.theifab.com/home


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