「本物のダービー」 ― 「目」がフットボールを育てる ― No.2
なぜ「本物のダービー」が日本フットボールをもう一歩先へすすめるのか。わたしの考えはこうだ。
まず、世界のフットボール界をリードする国々と日本とのあいだにそんざいする差はいったい何なのだろか。
それは「目」である。つまりフットボールを見ている人たちの「目」だ。「観戦力」「フットボールへの理解力」と言い換えることもできる。
ここにフットボール先進国との圧倒的な差がある。フットボールをきちんと理解している、きびしい批判のできる「目」が選手をそだて、ひいてはフットボールをそだてる。
わたしが1年間イタリアにいた時にもっとも印象的だったことは、人々のフットボールへの理解力の高さだ。言うなれば、ぜんいんが監督なのだ。
フットボール(イタリアではカルチョ)の話になると、おのおのが自分の意見をきちんとのべる。それも選手のプレーから監督のさいはい、レフェリーのジャッジにまで多岐にわたる。こうした「目」を持った人々が小さいころからまわりにいる環境でそだつのだから、優秀な選手がつぎつぎにでてくるのも納得できるし、リーグのレベルが高いのも必然である。
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単純にヨーロッパのトップリーグとJリーグの試合において、歓声や拍手の起こるシーンを見比べてみるとわかりやすい。
Jリーグでは枠を大きくそれたシュートに対して拍手が起こることは珍しくないが、めったなことで一つのパスに対して歓声や拍手は起こらない。
ヨーロッパではいいパフォーマンスをしなかった選手にはようしゃないブーイングが浴びせられるし、反対に、例えば相手のプレッシャーをいなすようなパスには何気なくともきちんと拍手が起こる。
この差はもっとしんけんに考えられなければならない。
それではその「目」はどのようにしてはぐくまれるのか。
観てもらうしかない。スタジアムに足を運んでもらうしかない。
その数をふやし、フットボールが根付くための豊かな土壌を整えなければならない。
ここでひとつ重要になるのが、テレビの存在だ。とくにNHKや民放の解説者、実況者は日本人の「目」、つまりフットボールへの理解度をもっとしんしに受け止めなければならない。
自分たちの解説、実況は放送を観ている人たちがフットボールをより理解する助けになっているか。「目」をはぐくむ栄養になっているか。きちんとじかくを持たなければならないのだ。
そしてそれは、ほかのクルーにも言えることだ。プロデューサー、ディレクター、カメラマン、放送にかかわるすべてのクルーがきちんとした「目」をもっていなければならない。
観るべきところ、評価すべきポイント、非難されるべきシーン、それを視聴者に伝えなければいけないのだから。映像にメッセージを込められないようではダメなのだ。
視聴者の多いナショナルチームの放送ではとくに意識されるべきだ。
しかし、いくらテレビ放送の質が改善されても観てもらえなければ効果はないし、視聴者数がふえなければ土壌は広がらない。いったいどうすれば観てもらえるのだろうか。
その答えが「本物のダービー」だ。
視聴者やスタジアムの入場者数が伸びない原因のひとつに、魅力的な対戦カードがないということが言える。反対に魅力的な対戦カードがあれば、人は観るのだ。
事実、ヨーロッパのトップリーグでは、ダービーとダービー以外の試合では視聴者数も入場者数も前者が圧倒的に上まわる。毎試合満員のイングランドで入場者数を比較することは難しいが、普段はあまり満員にはならないスペインやイタリアでその結果はけんちょだ。
強烈なライヴァル関係をもつチーム、例えばスペインのセヴィージャを本拠地とするレアルベティスは、今シーズンの平均入場者数が約38000人なのに対し、ダービーではおよそ満員の50073人がスタジアムに足を運んだ。
バスク地方に本拠地を置くレアルソシエダも、平均入場者数約20000人に対しダービーでは26310人入ったし、ガリシア地方に本拠地を置くデポルティーボ・ラコルーニャも、平均入場者数約25000人に対しダービーでは30666人入った。
このようなことはイタリアのミラノやローマ、ジェノヴァでもまったく同様である。
テレビにおいても同じことで、イギリスのスカイスポーツにおけるプレミアリーグの視聴者数が今シーズン最も高かった対戦はマンチェスターダービーだったし、アメリカでは2014年に同じ対戦カードがNBCのプレミアリーグ放送においての視聴者数で歴代最多を記録した。
前項で紹介したオシム氏の言葉「シリアスで質が高く不確か」というすべてが、「本物のダービー」には含まれている。強烈なライヴァリティが生みだす「本物のダービー」はただのリーグ戦のうちの一試合ではない。誇りをかけた戦いであり、おたがいの魂のぶつかり合いである。自然、はくねつした、人々を引き付けるエネルギッシュな試合になる。
「本物のダービー」こそフットボールのだいご味であり、フットボールのすべてであると言っていい。
「人々はフットボールを自分のゲームとして受け入れなければならない。美しさを感じること、このゲームに近づくこと、もっとよく理解すること ― それが可能になったときにフットボールは劇的に進化する」
オシム氏のことば(著書『考えよ!』より)である。
「目」が変われば「世界」が変わる。そしてそれを可能にするのが「本物のダービー」なのだ。
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