ズデーテン独奏曲 弧を描く喜劇と悲劇 その一
昨年2015年は第二次世界大戦終結から70年の節目でした。
全国各地で祭典が催され、テレビをはじめ多くのメディアで戦後70年を振り返ったり、戦争の悲惨さを伝える特集が組まれました。
第二次世界大戦が始まったのは1939年。その前年にきっかけとなる事件がおこりました。
今回の主人公は事件の舞台となったチェコスロヴァキアです。
現在チェコとスロヴァキアにそれぞれ分離独立した両国は、そろってEURO2016の出場権を獲得しました。
チェコスロヴァキアは近代フットボールの黎明期から強豪として知られ、当時「ヴンダーチーム」と互角に戦える数少ないチームの一つでした。
そのチームは初出場となった1934年イタリアW杯で準優勝。
この大会でチームをけん引したのが、チェコフットボール史上最高の選手のひとりであるオルドリッヒ・ネイエドリー。彼はこの大会で得点王に輝き、ブロンズボールも受賞しました。ちなみにシルバーボールは「紙の男」マティアス・シンデラー、ゴールデンボールは現在ACミランとインテルミラノとが使用するスタジアムの名前にもなっているジュゼッペ・メアッツァが受賞しています。
第二次世界大戦中の分離を経て、大戦後再びチェコスロヴァキアとしてのスタートをきります。
そして1962年チリW杯で同じく中東欧のハンガリー、ユーゴスラヴィアを破り決勝進出。
ガリンシャ擁するブラジルに決勝で敗れはしたものの準優勝。
同年のバロンドールに選ばれたヨゼフ・マゾプストはシルバーボールを受賞。ベストイレブンにも選ばれました。そしてGKのヴィリアム・シュロイフはゴールデングローブを受賞。マゾプストと同じくベストイレブンにも選出されています。
W杯で優秀な成績を収めたチェコスロヴァキアですが、そのハイライトはなんといっても1976年に開催されたUEFA EUROユーゴスラヴィア大会です。
この大会の優勝候補はオランダと西ドイツ。1974年西ドイツW杯の決勝を戦った両国です。
つまり、オランダはクライフやニースケンスを、西ドイツはベッケンバウアーやミュラーを擁するチームでした。
そんな中、チェコスロヴァキアは準決勝でオランダに勝利。決勝で西ドイツにも勝利し、優勝を果たします。
そしてこの決勝で行われたPK戦で生まれたのが伝説のチップキック。「パネンカ」です。
決めれば優勝という場面で世界中の度肝を抜きます。
そのキッカーをつとめたのが、言わずと知れたチェコを代表する名手アントニーン・パネンカその人でした。
この大会でチェコスロヴァキアからは、パネンカをはじめ6名がベストイレブンに名を連ねました。
また、これまでの代表チームの主力選手の多くがチェコ出身だったのに対し、この大会においてはその半数以上をスロヴァキア出身選手が占めていたことも特筆に値します。
歴史は下り、中東欧の多くの社会主義国がそうであったように1989年に革命がおこり(通称「ビロード革命」)、1993年連邦解消しチェコとスロヴァキアとして独立し現在に至ります。
パネンカの描いた美しい弧を喜劇とするならば、悲劇の弧はいったい何なのか。
次に、世界史からそこを見ていきます。
全国各地で祭典が催され、テレビをはじめ多くのメディアで戦後70年を振り返ったり、戦争の悲惨さを伝える特集が組まれました。
第二次世界大戦が始まったのは1939年。その前年にきっかけとなる事件がおこりました。
今回の主人公は事件の舞台となったチェコスロヴァキアです。
現在チェコとスロヴァキアにそれぞれ分離独立した両国は、そろってEURO2016の出場権を獲得しました。
チェコスロヴァキアは近代フットボールの黎明期から強豪として知られ、当時「ヴンダーチーム」と互角に戦える数少ないチームの一つでした。
そのチームは初出場となった1934年イタリアW杯で準優勝。
この大会でチームをけん引したのが、チェコフットボール史上最高の選手のひとりであるオルドリッヒ・ネイエドリー。彼はこの大会で得点王に輝き、ブロンズボールも受賞しました。ちなみにシルバーボールは「紙の男」マティアス・シンデラー、ゴールデンボールは現在ACミランとインテルミラノとが使用するスタジアムの名前にもなっているジュゼッペ・メアッツァが受賞しています。
第二次世界大戦中の分離を経て、大戦後再びチェコスロヴァキアとしてのスタートをきります。
そして1962年チリW杯で同じく中東欧のハンガリー、ユーゴスラヴィアを破り決勝進出。
ガリンシャ擁するブラジルに決勝で敗れはしたものの準優勝。
同年のバロンドールに選ばれたヨゼフ・マゾプストはシルバーボールを受賞。ベストイレブンにも選ばれました。そしてGKのヴィリアム・シュロイフはゴールデングローブを受賞。マゾプストと同じくベストイレブンにも選出されています。
W杯で優秀な成績を収めたチェコスロヴァキアですが、そのハイライトはなんといっても1976年に開催されたUEFA EUROユーゴスラヴィア大会です。
この大会の優勝候補はオランダと西ドイツ。1974年西ドイツW杯の決勝を戦った両国です。
つまり、オランダはクライフやニースケンスを、西ドイツはベッケンバウアーやミュラーを擁するチームでした。
そんな中、チェコスロヴァキアは準決勝でオランダに勝利。決勝で西ドイツにも勝利し、優勝を果たします。
そしてこの決勝で行われたPK戦で生まれたのが伝説のチップキック。「パネンカ」です。
決めれば優勝という場面で世界中の度肝を抜きます。
そのキッカーをつとめたのが、言わずと知れたチェコを代表する名手アントニーン・パネンカその人でした。
この大会でチェコスロヴァキアからは、パネンカをはじめ6名がベストイレブンに名を連ねました。
また、これまでの代表チームの主力選手の多くがチェコ出身だったのに対し、この大会においてはその半数以上をスロヴァキア出身選手が占めていたことも特筆に値します。
歴史は下り、中東欧の多くの社会主義国がそうであったように1989年に革命がおこり(通称「ビロード革命」)、1993年連邦解消しチェコとスロヴァキアとして独立し現在に至ります。
パネンカの描いた美しい弧を喜劇とするならば、悲劇の弧はいったい何なのか。
次に、世界史からそこを見ていきます。
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