開催国フランス 開催地とその歴史
四年に一度の閏年。夏季オリンピックの開催年として広く認知されていますが、フットボール界ではもう一つの大きな祭典が開催されます。
今回で15回を数えるUEFA EURO。ワールドカップに負けずとも劣らないクオリティを誇るヨーロッパ最大のフットボールイベントです。
2016年大会の開催国はフランス。第1回の開催国であり、UEFAの初代事務局長にしてEUROの優勝トロフィーに名をのこす、アンリ・ドロネーの母国です。
長くフットボール界をけん引してきたこの国は、人類の歴史においても何世紀ものあいだその名を世界にとどろかせてきました。
ヨーロッパを中心に展開されていく世界史。その覇権争いに参加し続けるフランスが今回の舞台です。フットボールを楽しみながら、それと同時にヨーロッパの歴史を見つめるいい機会かもしれません。
そういうことで今回は、ピックアップしたEURO出場国をフットボールだけでなく世界史的見地から、開催国フランスとの関係とそれが世界に与えた影響を見ていきます。
またこの一連の記事の世界史に関する部分については、世界史を勉強し始める高校生が気軽に楽しめるよう、触れるのは原則として『詳説 世界史B』(山川出版社)に載っている範囲のみとします。
第1回目の今回は開催国フランス。その中の試合の行われる開催都市の歴史をフットボールを交えながら見ていきます。
都市(以降省略):サン=ドニ
スタジアム(以降省略):スタッド・ド・フランス
1998年ワールドカップフランス大会前に建設された国立競技場であり、同大会でフランスが悲願のワールドカップ初優勝を遂げた地でもあります。今大会は開幕戦と決勝戦の舞台となるスタジアムです。
パリ北部の郊外にあるサン=ドニには、フランスの守護聖人「聖ドニ」の守るサン=ドニ大聖堂がありここには歴代のフランス王のほとんどが埋葬されています。
カロリング朝を開いたピピン三世(小ピピン)が戴冠した地であり、カペー朝を開いたユーグ・カペーはかつてサン=ドニ大聖堂の聖職者でした。
パリ
パルク・デ・プランス
1897年に自転車競技場として建設された由緒正しいスタジアム。1967年までツール・ド・フランスの最終ゴール地点でした。「王子たちの公園」と名付けられたこのスタジアムは、現在ヨーロッパでも有数の強豪パリ・サンジェルマンの本拠地として使用されています。
言わずと知れた「花の都」。ガリアの小集落から世界の中心へと発展をとげた唯一無二の存在です。多くの戦いの舞台となり、革命を起こし、多くの血が流れました。また芸術の都としての顔も持ち、美術、音楽、バレエなどの中心地として世界をリードしてきました。
マルセイユ
スタッド・ヴェロドローム
パリ・サンジェルマンと並び称される強豪オリンピック・マルセイユの本拠地。常に攻撃的なスタイルをひょうぼうし、熱狂的なサポーターを持つことでも知られるクラブです。エリック・カントナやディディエ・デシャンが活躍した地であり、ジネディーヌ・ジタンの出身地でもあります。
ギリシアの植民地として築かれたフランス最古の街。地中海に面したこの都市は十字軍遠征による影響で発達した遠隔地貿易(商業ルネッサンス)で、地中海商業圏における中心的な港の一つとして発展しました。現在でも地中海最大の貿易港を有し、フランスの貿易、商業、工業の一大中心地です。
リヨン
スタッド・ド・リヨン
2016年1月にオープンしたこのスタジアムは、フリーキックの魔術師ジュニーニョ・ペルナンブカーノを擁し、2002年から2008年まで前人未到のリーグ・アン7連覇を達成したオリンピック・リヨンの新しい本拠地です。
リヨンは商業ルネッサンスの時期に貿易品を運ぶ内陸の通商路として栄えました。産業革命がおこり工業化が進んだ19世紀前半にはフランスはもとより、ヨーロッパ最大の絹織物工業の都市として大きく発展しました。
リール
スタッド・ピエール=モーロワ
レ・ドーグ(猛犬)の愛称で知られるLOSCリールの本拠地。2010-2011シーズンにはリュディ・ガルシア監督のもとアディル・ラミ、エデン・アザール、ジェルヴィーニョ等を擁し1954年ぶりのリーグ優勝を果たしました。
フランドル地方のベルギー国境に面するリールは中世に毛織物生産で繁栄しました。その土地柄軍事的要衝でもあり要塞都市であったため、何度も戦地となり南ネーデルラント継承戦争ではフランス軍に、スペイン継承戦争では同盟軍によって包囲攻撃を受け、フランスで最も包囲攻撃を受けた都市としても知られています。
ボルドー
ヌーヴォ・スタッド・ド・ボルドー
ジネディーヌ・ジダン、ビセンテ・リザラズ、クリストフ・デュガリー等を擁した1980年代に黄金期を迎えたジロンダン・ボルドーの2015年5月にできた本拠地。2008-2009シーズンにはリーグ戦7連覇中だったリヨンを抑えて優勝しました。ジダンのライバル、ジョアン・ミクーもこのクラブのOBです。
18世紀に盛んにおこなわれた三角貿易の一大拠点として黄金時代を迎えます。フランス革命時にはジロンド派の本拠地だったため、ジャコバン派から何度も報復を受けました。また、何度かフランス政府が置かれた場所でもあります。
トゥールーズ
スタジアム・ド・トゥールーズ
「小さなウェンブリー」の愛称を持つこのスタジアムは、ボルドーとガロンヌダービーを戦うライヴァル、トゥールーズの本拠地です。度重なる財政破綻を乗り越えたクラブのOBにはファビアン・バルテズ、バンサン・カンデラなどがいます。
1920年代にエールフランス航空の母体の一つとなったアエロポスタル社がここで設立されたことにより、航空産業のパイオニア都市となりました。当時パイロットにはアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリやジャン・メルモーズなどがいました。現在もヨーロッパにおける航空産業の中心地です。
ランス
スタッド・ボラール=デレリス
同じくフランドル地方にあるLOSCリールとデュルビ・デュ・ノールを戦うライヴァルのRCランスの本拠地。1998年にリーグ優勝。当時の優勝メンバーで2003年にピッチ上で心臓発作を起こしこの世を去ったマルク=ヴィヴィアン・フォエがつけていた17番は永久欠番になっています。
リールと同じように毛織物の市場として栄えました。三十年戦争ではフランスの勝利を決定づけたランスの戦いの舞台として知られています。19世紀には炭鉱の街として繁栄しました。
サン=テティエンヌ
スタッド・ジョウフロワ=ギシャール
サポーターの作り出すその熱狂的な雰囲気からル・ショ-ドロン(大釜)と呼ばれるこの競技場は、リーグ・アン最多10回の優勝を誇るASサンテティエンヌのホームスタジアムです。ブルーカラーのサポーターが多いレ・ヴェール(このクラブの愛称)はホワイトカラーのサポーターが多いリヨンと強いライヴァル関係にあります。「将軍」ミシェル・プラティニ、エメ・ジャケ等がここでプレーしました。
ブルーカラーが多いことからもわかるように、産業革命から工業地帯として発展してきました。当時は鉱業が栄え、1932年にはサン=テティエンヌとリヨンとの間に鉱石を運ぶためのフランス初の鉄道が開通しました。
ニース
スタッド・ド・ニース
レアル・マドリードを破った最初のフランスのクラブチームであるOGCニースが使用するスタジアムです。近年では現フランス代表キャプテンのウーゴ・ロリスをアカデミーから輩出し、かつてはジュスト・フォンテーヌもプレーしました。
コート・ダジュールにあるニースはイタリア国境近くに位置するため、スペインやサヴォイアなどに帰属した歴史を持ちます。またイタリア統一戦争で活躍した軍人、ジュゼッペ・ガリバルディの出身地としても有名です。
ここまで駆け足で各地の歴史を見てきました。
それぞれの地にそれぞれ発展の歴史があり、それぞれの色が見えてきます。歴史に翻弄され、自らが歴史を作り今に至ることが分かります。
長い時間をかけて培われてきたその地の人の人間性もきっとフットボールに反映さてれいるはずです。
そしてそれを知ったうえでフットボールを観戦すると、より味わい深いものになると思います。
次回からはこの地で戦いをくりひろげるほかの出場国を見ていきます。
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